遅くなりまして、本当に申し訳ありません。
第6回分をアップ致します。

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前回は合成されたばかりのポリアセチレンは電気をほとんどと言って
良いくらい通さないことをお話しました。さて、今回はそのポリアセ
チレンに不純物をドープするとなぜ電気を通すようになるかについて
お話します。

電気の通しやすさは電気伝導度で表します。これは馴染み深い抵抗と
は異なります。抵抗は測定する試料の形や大きさによりいろいろ変わ
ります。実際、試料の長さをL、断面積をSとすると、抵抗RはLに
比例し、Sに反比例します。

      R=ρL/S

この式の比例定数ρは抵抗率と呼ばれ、これは物質に固有の量であり、
試料の形や大きさに依りません。電気伝導度は電気の通しやすさです
ので、このρの逆数で定義されます。普通の金属では電気伝導度の大
きさはどの程度なのでしょうか?  295K(=22℃)での値は

                         5       -1
    ナトリウム   2×10   (Ωcm)

                         5        -1
    銅           6×10   (Ωcm)

程度です。注意しないといけないのは、電気伝導度は温度とともに変
化することです。通常の金属では、温度が低くなるにつれて電気伝導
度が上がります。これは、低温になるにつれて原子の熱運動が少なく
なるからです。逆に、半導体では温度が低くなるにつれて電気伝導度
が下がります。これは、エネルギーギャップ(第1回の図4)をこえて
励起された電子の数が減るからです。ついでに、典型的な半導体や絶
縁体の常温における電気伝導度を挙げておきます。

                        -2      -1
    ゲルマニウム    10   (Ωcm)
    
                        -5      -1
    シリコン        10   (Ωcm)

                        -12     -1
    ダイヤモンド    10   (Ωcm)

                        -17     -1
    水晶            10   (Ωcm)

それでは、ポリアセチレンの電気伝導度はどのくらいなのでしょうか?
合成されたばかりのポリアセチレンでは、この値は大変小さく、
 
                           -9       -1    
   シス型で            10    (Ωcm)

                           -5       -1    
   トランス型で        10    (Ωcm)

の程度です。シス型やトランス型というのはポリアセチレンの2つの
異性体のことですが、この講義ではトランス型だけを考えることにし
しています。トランス型ポリアセチレンの電気伝導度の値は通常の金
属と比べると、何と10桁もの差があります。また、低温になるほど、
伝導度は下がります。ですから合成されたばかりのポリアセチレンは
絶縁体(正確には半導体)です。

では、ポリアセチレンに不純物をドープさせると、電気伝導度はどう
なるのでしょうか?  この実験は1976年、白川先生がアメリカの
ペンシルベニア大学に滞在されていたときに行われました。不純物と
しては、臭素やヨウ素などのハロゲン(VII族)気体が選ばれました。
ポリアセチレン薄膜を臭素の蒸気にさらすと、電気伝導度は一挙に
0.5(S/cm)まで上昇しました。Sは1/Ωのことで、ジーメンスと呼
びます。ヨウ素で同じ実験をすると伝導度は38(S/cm)まで上がりま
した。また、人体には有害ですが、5フッ化砒素(AsF5)を不純物とし
て用いると、伝導度は560(S/cm)まで達しました。ドーピング前に
比べて、電気伝導度が実に1000万倍以上になったわけです。

では、不純物をドーピングすると何故電気を通すようになったのでし
ょうか?  前回の講義でお話したように、ハロゲン原子は他の原子か
ら電子を奪いやすいという性質を持っています。(注1)ポリアセチレ
ンの水素原子の電子は比較的安定な状態にあるので、水素原子から電
子を奪うことはできません。したがって、ドープされたハロゲンはポ
リアセチレンの炭素原子から電子を奪います。別の表現で言うと、電
子が炭素原子からハロゲン原子に移動するわけです。この化学反応の
ことを電荷移動反応と呼びます。(注2)このとき、電子を奪われてし
まったポリアセチレンにはどのような変化がおこるのでしょうか?

前回の最後にお話したように、ドープする前のポリアセチレンは図1
のような構造をしています。隣り合った炭素原子が近付きあったり、
遠ざかったりしています。近付きあった炭素と炭素の結合を2重結合、
遠ざかりあった炭素と炭素の結合を1重結合と言います。また、図1
のように2重結合と1重結合が整然と繰り返されることを結合交替と
呼びます。図1にしめしたように、結合交替には等価な2つのパター
ンがあります。では、不純物をドープしてポリアセチレンの炭素原子
から電子を奪うと、分子構造はどのようになるのでしょうか?


       H      H      H      H      H      H
       |      |      |      |      |      |
       C      C      C      C      C      C
  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /
     C      C      C      C      C      C      C      
     |      |      |      |      |      |      |
     H      H      H      H      H      H      H

                           A相



         H      H      H      H      H      H
         |      |      |      |      |      |
         C      C      C      C      C      C
  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /
   C      C      C      C      C      C      C      
   |      |      |      |      |      |      |
   H      H      H      H      H      H      H

 
                         B相

               図1  2つの等価な分子構造


ポリアセチレンの炭素原子から1電子を取り去ると、図2のような分子
構造になります。イオン化した炭素を挟んで、左側はA相、右側はB相
になっています。面白いことに、この正電荷は左右どちらの方向にもス
イスイと動き回ることができます。それを図示したのが図3です。正電
荷がひとつ隣の炭素原子に移動するには、正電荷がもと居た炭素原子と
新しく移った炭素原子の、たった2つの炭素原子が動けばよいだけで、
ほかの炭素原子は動く必要がありません。また、動かなければならない
炭素原子も、ほんの少しの移動で済むわけです。ですから、この正電荷
の慣性質量はすごく軽く、少し電圧をかけただけで非常によく動き回り
ます。これは、前回お話した自由電子とよく似ています。この正電荷が
ポリアセチレンの電気伝導を担う役割をしているわけです。図2に示し
た構造は「ソリトン」と呼ばれています。(注3)


       H      H      H        H      H      H
       |      |      |        |      |      |
       C      C      C        C      C      C
  \  /  \  /  \  /  \+/  \  /  \  /  \  /
     C      C      C     C     C      C      C      
     |      |      |     |     |      |      |
     H      H      H     H     H      H      H

                        ソリトン

                図2  相境界としてのソリトン
                      ソリトンの左手はA相、右手はB相


       H      H      H        H      H      H
       |      |      |        |      |      |
       C      C      C        C      C      C
  \  /  \  /  \  /  \+/  \  /  \  /  \  /
     C      C      C     C     C      C      C      
     |      |      |     |     |      |      |
     H      H      H     H     H      H      H



       H      H      H       H       H      H
       |      |      |       |       |      |
       C      C      C       C       C      C
  \  /  \  /  \  /  \  /+\  /  \  /  \  /
     C      C      C      C    C      C      C      
     |      |      |      |    |      |      |
     H      H      H      H    H      H      H



       H      H      H      H        H      H
       |      |      |      |        |      |
       C      C      C      C        C      C
  \  /  \  /  \  /  \  /  \+/  \  /  \  /
     C      C      C      C     C     C      C      
     |      |      |      |     |     |      |
     H      H      H      H     H     H      H

                  図3  ソリトンの運動


白川先生の実験に引き続いて、ポリアセチレンの電気伝導度を高めよ
うという努力が重ねられてきました。ポリアセチレンの鎖と鎖の間の
結合は弱いので、力を加えるだけで容易に延き伸ばすことができます。
これを延伸といいます。もとの長さの3倍に延伸すると、電気伝導度
は2000(S/cm)まで上昇しました。さらに、合成法にも改良が重ね
られ、ドイツのBASF社のグループや日本の東レのグループは10万
(S/cm)の電気伝導度をもつポリアセチレンを合成しています。これは
何と銅にも匹敵する良導体です。

今回はここまでに致します。次回は導電性高分子の工業への応用に
ついてお話します。

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(注1)ハロゲンの代わりにNaやKのようなアルカリをドープする
こともできます。このときは、電子はアルカリからポリアセチレ
ンの炭素原子へ移動します。

(注2)ハロゲンは電荷移動反応の他に、付加反応という反応も
起こします。この場合、ハロゲンは電気を通し易くするのに寄
与しないだけでなく、π電子の雲を途絶えさせてしまうので、
電気を逆に通しにくくしてしまいます。ハロゲンのうちでも、
塩素や臭素は付加反応をすることが多いです。

       H      H      H   H      Br H      H
       |      |      |     \  /   |      |
       C      C      C       C     C      C
  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /
     C      C      C     C       C      C      C      
     |      |      |   /  \     |      |      |
     H      H      H H      Br   H      H      H

                    図4  付加反応


(注3)本文では不純物のドープ量が少ないときの話をしました。
このときは、ソリトンが電気伝導を担っています。しかし、大
量にドープした(10%程度)ときの電気伝導の機構については、
専門家の間で一致した結論はでていません。