インターネット講座の更新が大変遅れまして申し訳ありません。
第5回分をアップ致します。

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さて、今回は、合成されたばかりのポリアセチレンは、なぜ電気を
ほとんどと言ってくらい通さないのかについてお話します。

いろいろな物質は、電気を通すか通さないかで、3種類に分類され
ます。電気をよく通すのが金属で、電気を全く通さないのが絶縁体
です。それらの中間に半導体があります。コンピュータに代表され
る現在のエレクトロニクスの発展は、この半導体産業のお蔭です。
合成されたばかりのポリアセチレンもこの半導体の仲間です。

まず、金属についてお話しましょう。金属の代表としてナトリウム
(Na)を取り上げることにします。高校の化学で習った周期律表を思
い出して下さい。Naは原子番号が11番ですので、11個の電子を
持っています。そのうち、10個の電子はNa原子に強く束縛されて
いますが、残りの1個の電子はNa原子から離れやすくなっています。
この後者の電子のことを価電子と呼びます。この価電子は、Na結晶
の中では、比較的自由に結晶全体を動き回っています。この自由に
動き回る電子のことを自由電子と呼びます。Naの質量数は23ですの
で、Na23グラムあたり、6.02×(10の23乗)個という莫大な数の自由
電子があります。電圧をかけなければ、それぞれの自由電子は前後
・左右・上下の勝手な方向に動いています。しかし、全ての電子に
ついて均すと、電子の平均速度は0になります。つまり電気は流れ
ていないわけです。ところが少しでも電圧をかけると、電子の速度
の分布に偏りができ、電子全体としての流れ(電流)が生じます。こ
れが金属です。

          I    II   III  IV   V    VI   VII  VIII

          H                                  He
          Li   Be   B    C    N    O    F    Ne
          Na   Mg   Al   Si   P    S    Cl   Ar

                      図1 周期律表

 

                       分布関数 f(v)
                           ↑
                           │
             ┌┏━━━━━┿━━━━━━┯┓
             │┃          │            │┃
             │┃          │            │┃
     ────┴┸─────┼──────┴┸───>
            -Vf            │            Vf         電子速度 v
                           |

                図2 電子速度の分布関数:
                     細線が電圧を掛けないとき。
                     太線が電圧を掛けたとき。
                     
では、絶縁体とは何でしょうか? 絶縁体の一例として食塩(NaCl)を考
えてみましょう。Na原子は11個の電子を、原子番号17番のCl原子は
電子を17個を持っています。Na原子は他の原子に電子を与えやすく、
一方、Cl原子は他の原子から電子を受け入れやすいという性質を持って
います。したがって、NaCl結晶では、価電子がNaからClに移動して、Na
原子は10個の電子を持つNaイオンに、Cl原子は18個の電子を持つCl
イオンになっています。Naイオン(Clイオン)はVIII族のNe原子(Ar原子)
と同じ電子構造を持っていますので、自由電子は存在しません。Na結晶
の場合と違って、Naから離れた価電子は、Cl原子に捕まってしまうので、
結晶全体を動き回るわけにはいかなくなってしまうわけです。

絶縁体のもう一つの例としてダイヤモンド(C)を取り上げてみましょう。
シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)でも同じです。CはIV族に属していま
すので、4個の価電子を持っています。これらの価電子は、C原子では
1つの2s軌道と3つの2p軌道にそれぞれ1個ずつ入っています。ダイ
ヤモンド結晶中では、これらの軌道は互いに混じり合い、sp3混成軌道
となります。この混成軌道は、正四面体の中心にあるC原子から四面体
の各頂点に伸びるような構造をしています。更に、一つのC原子のsp3
混成軌道と隣のC原子のsp3混成軌道が混じり合って結合軌道ができま
す。価電子は、最終的には、この結合軌道に入ります。つまり、C原子
から解き放たれたかに見えた価電子は、隣のC原子との間に固定されて、
身動きできなくなってしまうわけです。したがってNaClと同じくダイ
ヤモンドにも自由電子は存在しません。

この2つの例からわかるように、絶縁体は自由電子を持たないので、
電気を通せないわけです。


                           |         
                           C         
                         /|\       
                                
          
                   図3  sp3混成軌道


                         …………
           ────                    ────
                         ━━━━

               図4  結合軌道(太い実線)と反結合軌道(点線)
                     上ほどエネルギーが高い。

では、ポリアセチレンは電気を通すのでしょうか?

ポリアセチレンは水素原子(H)と炭素原子(C)から出来ています。CHが
1ユニットとなって、図5のように一直線状に連なっています。CHの
繰り返し回数は数100程度です。ポリアセチレンには、図5に示し
たトランス型の他にシス型という異性体がありますが、実験的にも理
論的にも興味深いのはトランス型の方ですので、本講座では話をトラ
ンス型に限ることにします。

H原子は1個あたり1個の価電子をもっています。この価電子は1s軌道
に入っています。一方、C原子の価電子は4個です。ポリアセチレンで
はダイヤモンドと少し違って、C原子の価電子は3個のsp2混成軌道に
1個ずつと、混成に関わらなかったp軌道に1個入っています。sp2混
成軌道は、正三角形の中心にあるC原子から三角形の頂点に伸びるよう
な構造(120度構造)をしています。C原子のsp2混成軌道は両隣のC原
子との間に2個の結合軌道を、すぐ隣のH原子との間に1個の結合軌道
をつくります。C原子の4個の価電子のうち3個は、これらの結合軌道
に入ってしまうので、ダイヤモンドのときと同じく、空間的に固定され
身動き出来なくなっています。H原子の価電子もC原子との間の結合軌道
に入るので、やはり動けません。C原子の残りの1個の価電子はCH面に
垂直なp軌道(π軌道とも呼ばれます)に入っています。この価電子は、
隣のC原子から、さらに隣のC原子へとほとんど自由に渡り歩くことが
できます。これは金属の自由電子に似ています。ただ、運動の方向が
左右だけに限られているので、ポリアセチレンは分子で出来た金属の
針金のようなものになりそうです。


         H      H      H      H      H      H
         |      |      |      |      |      |
         C      C      C      C      C      C
   \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /
     C      C      C      C      C      C      C      
     |      |      |      |      |      |      |
     H      H      H      H      H      H      H

          図5 ポリアセチレン(ダイマー化する前)

では、合成されたばかりのポリアセチレンは本当に電気を通すのでし
ょうか?  残念ながら、答えはNoです。実は、ポリアセチレンが合成
されるよりずっと前の1950年代に、理論物理学者のパイエルスが
次のように予言していました。
  『図5のようにC原子が等間隔に並んだ構造は不安定であって、低温
  では図6のように2個ずつのC原子がダイマー化した構造に転移する』
この転移のことをパイエルス転移と呼びます。π電子はダイマー化した
2個のC原子のp軌道のつくる結合軌道に入ることになり、その軌道の位
置に固定されて、自由に動き回れなくなってしまいます。ただ、ダイマ
ー化の度合が小さいので、図4の結合軌道と反結合軌道とのエネルギー
差はそれほど大きくありません。ですから、ポリアセチレンは絶縁体と
いうよりは半導体に近いです。

       H      H      H      H      H      H
       |      |      |      |      |      |
       C      C      C      C      C      C
  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /  \  /
     C      C      C      C      C      C      C      
     |      |      |      |      |      |      |
     H      H      H      H      H      H      H

          図6 ポリアセチレン(ダイマー化した後)

今回の講義はここまでに致します。次回は、ポリアセチレンに臭素や
ヨウ素などの不純物をドープするとなぜ電気を通すようになるのかに
ついてお話します。

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<補足>   より進んだ解説

本文では自由電子のないのが絶縁体と申しましたが、絶縁体と
金属を区別するのに有用な法則があります。それは、単位格子
あたりの電子の数をかぞえあげることです。その数が奇数のと
きは金属、偶数のときは絶縁体です。本文の例で言うと、Na結
晶では、単位格子あたりNa原子は1個ですから、電子は11個
(奇数)です。NaClでは、単位格子あたり、Naイオン1個、Clイ
オン1個ですので、電子は28個(偶数)です。ダイヤモンドで
は単位格子あたりC原子2個ですので、電子は12個(偶数)です。
ダイマー化していないポリアセチレンでは、単位格子あたり、C
原子1個、H原子1個ですので、電子は7個(奇数)です。ダイマ
ー化すれば、単位格子は2倍になるので、電子は14個(偶数)
になります。本文にあげた全ての例で、この法則が成り立って
います。この法則は、「バンド理論」という理論によって裏付
けられています。

ただ、この法則にも例外はあります。BeやMgのようなII族原子
です。これらは、単位格子あたりの電子数は偶数ですが、電気
を通します。これは、s軌道とp軌道のエネルギーが接近してい
るためです。また、有名な高温超電導物質も例外にあたります。
この物質は、不純物をドープをする前は、絶縁体なのですが、
単位格子あたりの電子数をかぞえると奇数です。これは、電子
たちの間に働く力が原因になっていると考えられています。